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何でも写真集〔保存版〕

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    大阪と言えば

2019-03-02
 一番先に思い浮かべるのは通天閣、グリコの看板です。一粒300メートルのキャッチフレーズで有名です。そしてこの写真のモデルは誰なのかと謎が多いのです。一説によるとフィリピンの陸上選手と聞いた事も有ります。でも最近になってですがNHKの大河ドラマに出て来る金栗四三さんとも言われています?。通天閣は先の大戦で取り壊しになりましたが戦後地元の新世界の人々の熱意で二代目通天閣が完成されたそうです。パリのエッフェル塔と凱旋門をイメージしたとの話も有りますがはたして?。このように柔軟な発想が出来る大阪人は素晴らしいし私は尊敬します。

    キリスト教

2019-02-23
 世界文化遺産に登録された天草下島小さな漁村集落です。海の海上「マリア像」と呼ばれています。しかしキリシタンの廃止例の出ている中でよく頑張ったものです。戦国時代にはキリシタン大名も結構いたようです。高山右近などは有名でした。他に明智光秀の娘も細川家に嫁ぎガラシャ夫人としても有名でしたね。しかし信仰の力は凄いものです。当時から日本人は読み書きができどこの国よりも優れていたようです。

  島原の乱天草四郎

2019-02-16
 日本のキリスト教は戦国時代にポルトガル、スペインなどヨーロッパの国から宣教師が布教活動をしていました。当時宣教師は国から派遣されていたようです。もちろん布教活動だけでなく貿易や武器の売買なども盛んにおこなわれていました。必ずしも良いことばかりでなく武力で制圧され植民地にされたたりアヘンなどを持ち込まれたアジアの国もありましたね。幸い私たちの先輩のご先祖様は冷静で正しい判断力だったのだと思います。また良い悪いは別として日本の指導者がキリシタン廃止令や鎖国をして国を守りました。当時の宣教師は国王にその国の国民性や時の指導者の性格までこまごまと報告していたようです。

    一度は行きたい靖国神社

2019-02-09
 日本の国を命をかけて守ってくれた大戦で戦死された日本軍の兵隊さんの霊を祀っている靖国神社です。戦争を美化する気持ちは有りませんが少なくても亡くなられた方々は祖国日本の国を守るため父母兄弟の幸せを願い戦いに行かれました。しかし直接戦地に行かず労働力の不足に伴いそれらの工場に働きに出向いた学生さんや若い女性たちが国のため経済の手助けした方の中にも怪我や病気で亡くなった人たちも祀ってあげたいと私し個人としては思うし感謝をしなければいけないのではと思います。

   川越の 時の鐘

2019-02-02
 埼玉県川越は小江戸とも呼ばれていました。徳川家康の重臣であった酒井忠勝が400年前この地を治めていた時に作られたそうですが何度も火災にあい現在地は別の場所だとのことです。目的は時間を守らせようとしたためときいています。時間を守るということで後に日本の列車の定時到着など世界でも稀な国になる基礎がこの時代から作られたのでしょうね。ニュースやテレビで良く映し出されているので建物も一度は見たことがあると思います。その他に何度も火災がにあい川越には火に強い蔵が多く存在するようになったようです。
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