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地域ネタ

今昔写真集 大楽毛

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盆踊り

2015-07-18
 大楽毛4丁目、5丁目町内会共済の盆踊りを開催していた頃の写真です。右側の写真は焼き鳥、焼きそば、いも団子等の食券を売るお手伝いの方々です。子供たちの減少と町内会会員の高齢化により長年続いていた行事も年を追うごとに踊る人も見物する人も減少してきて今は盆踊りを行っている町内会はほんのわずかです。しかし少子高齢化だけが原因ではないような気もします。世の中も流れが変わってきて休日を利用して故郷の父母に孫を見せに帰郷したり家族旅行に出たり子供のクラブ活動などで遠征のお世話で出かけたり多種多様な流れにもなっている事も事実です。地域の結びつきをおろそかにしている訳ではないが人それぞれの事情も有るようです。家庭を大切にすることも大事、地域との交流も大事ですし…。これからの町内活動を継続していくのも本当に難しいもんですね。先日の新聞に出てましたが市内のある町内会で役員も高齢になり町内会の解散式を行ったという新聞の記事が有りました。
 

  霧の都釧路は?

2015-07-11
 昔の釧路はガスがかかるので有名でした。夕方ごろは特に多く発生しており船の霧笛がボーボーとなっていたのが懐かしいです。よそから来た方はロマンチックとか情緒があると言ってますが地元民は大変でした。北大通で右折車と直進車がぶつかる寸前で止まってた光景は日常茶飯事でした。写真の左2枚は夕方で右端は朝に踏切を写しましたが見えません。私が若いころ、ある日の夕方ですが大楽毛駅前の国道でキィーっというブレキ音で振り向いた途端人がはねられ二つに分かれと飛ばされるところでした。人が二つに切れたと思い駆けつけてみたら2人が同時にはねられていたのです。幸い何日間か入院ですんだようです。一番困ったのは空港でしょうね。飛行機が降りられず乗客は帯広か女満別空港に着陸しバスで釧路まで移動していました。その後釧路空港には最先端の機器カテゴリⅢAが装備され霧の件は解消されたようですが航空機にその装置がついてない機種には対応出来ないようです。

  整骨院

2015-07-04
 写真は大楽毛5丁目にある高橋整骨院外観と治療室です。院長の高橋さんは大楽毛小学校出身の生粋の大楽毛子です。釧路市の高校を卒業して仙台の学校で柔道整復師の国家資格を得るために勉強をしてきたそうです。高齢化社会になり足、腰、ひざ、肩、腕が痛くて高橋先生のお世話になっている方も沢山いらっしゃると思います。私なども痛いのを我慢して湿布をしたり鎮痛剤を飲んだりしていて、どうしようもなくなって訪れるわけですが身勝手な事をいいすぐ治してなんていって先生を困らせている方です。この業界は保険の医療はここまでで、超えてはだめとか規制が多いようです。まあそれには規制をする訳はあるんでしょうね。一般的に良く聞かれるのは病院でなかなか治らないとか手術を受けたくないからという人の話をよく耳にします。いわば患者さんの駆け込み寺的な最後の砦なのかも知れませんね?。
 

大楽毛駅構内

2015-06-27
 昭和41年9月に撮影した大楽毛駅構内にある花壇です。 この頃は沿線の各駅でいろいろと工夫して通過する乗客の目を楽しませてくれていました。大楽毛駅も乗降客のために駅員さんたちは休暇時間や休日に自主的に出てきて花壇の草取りや手入れをしていた姿を覚えています。駅員さんは本当にご苦労されていたようです。他に駅の出口には阿寒の山が爆発したときの石が新野地区まで(今の杉本たまごやさんの奥の方)飛ばされてきた巨石を運んできて花壇に置き花や木を植え素晴らしい庭も有りました。
 
 昭和41年と云えばビートルズの来日で若者の間で長髪が流行しました。また物価はワイシャツの洗代が50円、新聞代は580円でした。

   大楽毛の危険な避難道路

2015-06-20
 最も危険な避難道路です。左の写真を拡大するとわかりますが道端から川まで25m位のところを1,4キロ歩きます。真ん中は取水路のようです。右は避難道路の階段(カギがかかってる)地震が発生したら海岸や川に近づかないでとアナウンサーしてますがこの地区は川ぞいを逃げるしか有りません、地域には保育園、小学校、児童センター、老人センター、生活館、グループホーム、病院が有ります。そして住人は大人のほとんどが高齢者です。もう一つ忘れてはいけないことは職場が大楽毛で通勤してる人や、お仕事で大楽毛に来ている人、旅行者、外国人もいる事です。園児や小学生、高齢者、このように弱者が多い地区です。住民だけの問題ではないのです。行政も地域の人と、もう少し話し合いが必要と思います。皆で知恵を出し合い最良の方法をさがしてほしいものですね。最後に道で出会った80才代の人がこんな事を言っていました。奥さんは足が悪く歩行が困難な方で、ご主人に津波が来たら「あんた一人で逃げて私は家に残るから」と…この言葉を皆さんはどう思いますか?。1人おいて逃げる人はいないですよね。避難階段を作ったから後はあなた方の運次第では悲しいですよ。

今昔写真集 武佐

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  武佐店で本格的に

2017-12-31
 左端の写真は武佐店の作業場で、中の写真が二階の事務所です。右端は折込チラシを丁合する機械で業界では折込機と呼んでいます。移転も年末に近かったので忙しくしていました。今年は年末が穏やかな天気で助かります。まもなく迎える新しい年が皆さま方にとって良い年になるようお祈りしています。

   武佐店営業を開始しました

2017-12-19
 ようやく12月10日武佐店に引越ししました。写真は日中と夜景です。11日から営業をはじめましたのでどうか宜しくお願い致します。まだ店内の配置もきまらず苦戦していますが皆様方にご不便やご迷惑をかけないようにスタッフ一同頑張ています。

   武佐の喫茶店 ノスタルジィ

2017-12-14
 武佐に新しく開店したと聞いていた「珈琲館ぐるめ堂ノスタルジィ」に行ってきました。写真は左からメニュー表、隣がレトロなスピーカで下の箱も別のスピカーボックスです。最後は私の頼んだスパゲティです。店内はとても落ち着いた雰囲気でレトロ感の漂うおしゃれなお店ででした。お若い経営者の方のようですが笑顔を絶やさずとても感じのよい人でした。また他に店内に小物というか雑貨?なのか売っていました。

   武佐店が完成しました

2017-12-02
 ようやく武佐店の新築も完成しました。外は看板を上げるだけです。事務室に机やパソコン、コピー機、電話の設置がこれからの作業になります。写真ですが左がバス停のそばだと解るようにしました。なかの写真は二階の事務室です。右の写真はお客様がいらしたら二階から降りて来たときのカウンターです。カウンターの前に見える土間は新聞やチラシの仕事をする作業場です。予定通り12月11日よりこの新店舗で営業いたしますのでどうか宜しくお願いします。

完成が近ずいてきました。

2017-11-25
 いよいよ舗装工事にかかりました。中は従業員の休憩室、コミニュテイル-ムなども内装工事にかかるところまできました。どうやら大工さんの仕事はおおむね終わりました。後は壁紙や流しやコンロ、照明器具の設置などいろいろと有ります。一番最後が電話とパソコンの設置になります。

大楽毛

大楽毛物語

NO.1

(2014-02-18 ・ 390KB)

大楽毛物語

NO.2

(2014-02-18 ・ 392KB)

大楽毛物語

NO.3

(2014-02-18 ・ 397KB)

大楽毛物語

NO.4

(2014-02-18 ・ 399KB)

大楽毛物語

NO.5

(2014-02-18 ・ 417KB)

大楽毛物語

NO.7

(2014-06-06 ・ 432KB)

大楽毛物語

NO.9

(2014-08-04 ・ 431KB)

大楽毛物語

NO.8

(2014-07-04 ・ 435KB)

大楽毛物語

NO.6

(2014-05-02 ・ 434KB)

大楽毛物語

NO.10

(2014-09-03 ・ 459KB)

武佐

有限会社丹葉新聞店
■大楽毛店 〒084-0917
北海道釧路市大楽毛4-4-1
TEL.0154-57-8228
■武佐店 〒085-0806
北海道釧路市武佐3-32-6
TEL.0154-46-3224
共通FAX.0154-57-5187
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